「幽霊よりも怖い話」

「これはあたくしが ひ と り で使うために持ってきたんです!!」
「しゃーねーだろ!こうなっちまったもんは!!ここしか寝るとこねーんだ!」
「冗談じゃねーです!このテントは1人用テントです!!」
「うるせー!諦めろ!」

テントを前に恭平とスナコは激しく言い争っていた。
なぜ2人がテントの前にいるのか?


説明しよう。

それは土曜の昼下がりのことであった。
「あれ?中原スナコは?」
リビングに入って来た恭平は、テレビを見ていた雪之丞に聞いた。
「昨日テレビでやってた場所に行くって、さっきいそいそと出掛けて行ったよ。」
「テレビ?タレントさん御用達〜なんて場所にでも行ったとか?まさかなぁ。」
恭平は苦笑いを浮かべながらそう言った。
そんなのとは程遠いスナコである。そんなわけは絶対にあるまい。
「十字架だのニンニクだのテントだの色々持っていってたよ。何に使うんだか。」武長が呟いた。
「スナコちゃんのことだから、普通の場所になんか興味ないよね。」蘭丸も加わった。
「昨夜のテレビ欄、テレビ欄と・・・」4人は昨日の夕刊を覗き込んだ。
そして一斉に顔を見合わせた。「これだ・・・・・・・・!」

『金曜特番!恐怖!!丹沢に眠る亡霊!カメラが見た衝撃の真実!』
おどろおどろしいタイトルが踊っている。
間違いない。
スナコはこれを見て出掛けたのだ。

「あのヤロー!1人で面白そうなとこ行きやがって!!」
恭平は両手の拳を握り締め、力みながら仁王立ちになった。
「お・・・面白そう??」蘭丸、武長、雪之丞は、声を合わせて驚きの声を上げた。
「だって面白そーじゃん。なあ俺たちも行こうぜ。」恭平はウキウキしながら3人を見た。

しかし
「カ・ノ・ジョとデートなの。ごめんね〜。」と蘭丸。
「俺もノイっちと・・・」と武長。
「俺がそんなトコわざわざ行くと思う?」と雪之丞。

そんなわけで、恭平だけがスナコの後を追ったのである。

東京から電車に揺られ、そこから更にバスで30分。
景色の緑が濃くなるにつれ、スナコは心を躍らせた。

神奈川の奥地に広がるその山々は、冬の面影を未だ残し、ひっそりとまだ見ぬ春を待っていた。
国道からそれた脇道をしばらく行くと、目指す山道にはちっぽけな標だけが立っていた。
「そうそう。ここ♪ここ♪」
人が1人やっと通れる程の細いその道は、これから向かう素晴しい世界への光り輝く夢の道に思えた。
辺りには先週降った雪が残り、その上には獣が歩いた足跡も残っている。
「ふふふふふ〜♪だーれもいない山ってステキ〜。」
スナコは頬を紅潮させ、周囲を見回し深呼吸をした。 番組によると、山頂にある広場に、夜な夜なダム建設工事で命を落とした人々が彷徨うという。
「日が暮れるまでに山頂に着いて、テントを張らなくちゃ。」
スナコは急いだ。

山の日暮れは早い。 夕日のほとんど射しこまぬ、常緑樹に覆われたその場所は、既に夜の帳を下ろし始めていた。
雪でぬかるむ山道は、湿った重苦しい空気が漂っている。

「こーんなところで人魂がスーなんて飛んだら、なーんてステキかしら♪」
「草むらからしゃれこうべがコンニチワなんてしたら、どんなに楽しいかしら?」
1人歩きながら、スナコの妄想は止まらなかった。

その時である。
夕闇を突き破るような強烈な光が、背後から射すのを感じた。
「な・・・なに?このまぶしい生き物みたいな光は!」
スナコは恐る恐る後ろを振り返った。
するとそこにはこの場所には似つかわしくない、燦々と輝く光源があった。
「こんなところにアレがいるわけない・・・いるわけない・・・」
スナコの頭脳回路はめまぐるしく回転していた。
そう、ここは日常からかけ離れた暗黒世界。
私だけのファンタジーワールド。
まぶしい生き物が生息できない、異次元空間との交錯点・・・・・のはず。

しかしそこにはあろうことか、恭平がいたのである。
「みーっけた♪中原スナコ。」

せっかく辛くまぶしい世界から離れ、こんな山奥までやってきたのである。
なぜにまぶしい生き物と、ここに来てまで会わにゃならんのか??
次の瞬間、スナコは脱兎の如く走り出した。
「オイ!!」恭平も慌てて後を追った。

「なんで逃げんだよ!」
恭平は後ろから叫んだ。
「アナタが追いかけてくるからでしょう!」
スナコは山道を野猿のような身軽さで突き進んでいく。
恭平もその後を必死に追う。
樹木の隙間から僅かに見え隠れしていた太陽も既に見えず、辺りは夜の闇だけが支配していた。
そして夜の訪れを知らせる鳥の声と、二人の足音だけが響いていた。

追いつかれてなるものか!スナコはますますスピードを上げた。
「待てよ!もう暗いんだからあぶねーだろ・・・」
恭平がそう言い掛けた時、コトは起こった。
「キャアアアアアアア!!!」
濡れた落ち葉に足を取られ、スナコは斜面を滑り落ちたのである。
「中原スナコォ!!大丈夫かぁ!?」
10m程下に平場があり、スナコはそこまで一気に滑り落ちたようである。
まだ暗さに目が慣れていないせいもあり、上からはスナコの状態がよく見えない。
自分の声が届いているのか、届いていないのか、スナコから返事は返ってこない。
落差はあるが勾配はそれ程でもないので、スナコの体力なら自力で登ることが可能であろう。
しかし登ってくる気配も一向になかった。
恭平は心配になり、そろそろと斜面を降りた。

果たして降りてみると、足首を押さえ蹲っているスナコがいた。
「足やったか?見せてみろ。」
恭平が傍にしゃがみ込み足を掴もうとすると、スナコはもの凄い形相でそれを拒んだ。
「触らないでください!!折れてはいません!軽く捻っただけです!全然大丈夫です!!」
恭平はヤレヤレと思った。
せっかく心配してやっても、こいつはいつもこうだ。
「ま、自分で大丈夫って言うなら、そうなんでしょう。じゃあ元の場所まで自分で登れるよな?」
恭平は言葉の端々に棘のある口調でスナコに言った。
「ええ。大丈夫ですから、先に戻ってくださって結構です!」
スナコは顔をぷいと横に向け、吐き捨てるようにそう言った。

なぜこんな事になってしまったのだろう。
本当ならば、1人で楽しく心霊スポットを堪能しているはずだった。
なのに目的の山頂広場には辿り着けず、まぶしい生き物が現れ、おまけに怪我までして・・・
これならおうちで、ひろしくんやジョセフィーヌと一緒に過ごした方が、どんなに楽しかったか。
ひろしくんやジョセフィーヌを忘れ、新たな刺激を求めた罰なのか。

「こんな暗くなっちまったんじゃ、オマエを背負ってここを登るのは無理だよな。」
鬱蒼と下草が覆う斜面を見上げながら、恭平が呟いた。
「私は1人で登れますよ!大丈夫って言ったじゃないですか!さっさと戻ってください!」
スナコは必死に恭平を先に行かせようとした。
このまぶしい生き物からとにかく逃れたい。逃れなければ私は死ぬ。絶対に死ぬ。
しかし恭平は、厳しい顔をスナコに向けた。
「自分で登れるなら、オマエのことだ、とっくに登ってただろ?
自分で歩けるなら、オマエのことだ、とっくにこの場所から逃げてただろ?
それをしてねーっつーことは、つまりオマエは自分で自由に動き回れる状態ではないっつーことだ。」
そう言い放たれ、スナコは返す言葉がなかった。
全く歩けない程ではなかったが、足場の悪いこの場所から、自力で逃げ出せないことも事実だった。

「そこまでお見通しなら仕方ないです。じゃあ誰か助けでも呼んできて下さい。」
この男が助けを呼びに行っている隙に、とりあえず身を隠せる所まで這い蹲ってでも逃げればいい。
しかしその目論見も見事に外された。
「フン!どうせオマエのことだ。俺が助けを呼んでくる間にどっか逃げようって算段だろ。」
全くもってお見通しだったのである。
「テント持ってきたんだろ?とりあえずここで一晩明かすしかねーな。」
恭平はそう言うと、テキパキとテントの設営を始めた。

そしてこの話の初っ端の言い争いが始まったのである。

既に日はとっぷりと暮れ、青い月の光が2人を照らしていた。
「とにかく、中に入ろーぜ。寒いし。」
「あたくしは入りません!!」
「あ、そ。じゃあテントもーらい。」
恭平はニコニコしながらテントに入っていった。

その姿をあっけに取られてスナコは見ていた。
「はぁ!?なによそれ!!」
足元の枯れ草をブチブチと毟り取った。悔しい!!
なぜせっせせっせと運んできた夜営グッズを、この男に取られなければならないのか。
だが、まぶしい生き物と同じテントはもっと嫌だ。
はん!こんなテント、こいつにくれてやるわ!

しかし丹沢の夜は寒い。
予備に持ってきた毛布に包まってみたものの、しんしんと体の奥が冷えてくる。
だが、テントにだけは入りたくなかった。
どうせテントに入ったら眩しくて死ぬし、どのみち同じこと。
ここで死んでも本望よ!!などと自身に大見得を切ってみたが、
「幽霊見る前に、あたくしが幽霊になりそう。」
垂れる鼻水を啜り上げながら、スナコは思わず弱音を吐いた。
その時テントの入口が開き、恭平が顔を出した。

「観念して入ってくると思えば、なんでそこまで我慢するんだよ。」
半ば呆れ口調でスナコに声を掛けた。
「まぶしい生き物と一緒にいるぐらいなら、凍死した方がマシです!」
スナコの吐く息が白い。外はそれだけ冷え切っていた。
「こんな寒空の下で一晩明かす気かよ。」
恭平はテントの外に出てみた。
ひんやりとした空気は、一瞬のうちに体温を奪う。
瞬間冷凍されそうな寒さだ。
しかし放って置く限り、たぶんこいつは氷漬けになっても中には入ってこないだろう。

「まーったくしゃーねーなぁ。」
そう言うと、おもむろにスナコを抱え上げた。
氷を抱え上げたかのように、やはりスナコの体は冷え切っていた。
「な・・・な・・・何をするんですかっ!!離して!!」
恭平の顔が月の光に照らされた。
青い冷たい光によって与えられたコントラストは、この男の顔のクールさと艶かしさをより一層際立たせている。
スナコは頭がクラクラした。

「私は外がいいんです!離して下さい!!」
スナコは両手をバタつかせ暴れたが、恭平はおかまいなくそのままスナコをテントに放り込み、
自分も続いて中に入った。

1人用テントに2人。

狭すぎる。
あまりにも恭平が近すぎる。
スナコは恭平の体温が直に伝わってくるような妙な感覚に、一刻も早くこの場所から逃げ出したくなった。
絶対にここにいてはいけない。ここには幽霊よりも恐ろしい魔物がいる。
「や・・・やっぱりあたくし外に・・・」
スナコは先程包まっていた毛布を手に取ろうとしたが、しかしその手を恭平が掴んだ。
「な・・・なに?」
次に何が来るのかと身構えたスナコだが、恭平の口から出たのは意外な言葉だった。

「出るならその毛布置いていけ。」
「へっ?」
「この封筒型シュラフは夏用だろ。寒くて仕方ない。その毛布もよこせ。」
「ちょっと何考えてるんですか!あたくしに死ねと!?」
「ここを出るのはテメーの勝手。俺がここで快適に寝るためにはそれが必要。文句あるか?」
人のテントとシュラフを横取りした上に毛布までよこせとは、勝手なのはどっちだ?
スナコはムカムカしてきた。
足さえなんともなければ、こいつをぶっ飛ばしてやれるのに。
ああでも、寝込んだところを絞め殺すなんてのもステキかしら・・・
ナイフで切り刻んで埋めてしまうのもありね・・・
こんな山奥なら誰も見てない。完全犯罪も可能。
ウフフフフフフ・・・・・・

「おい・・・途中から全部口に出してしゃべってるぞ・・・」 恭平は冷や汗が流れるのを感じた。こいつのことだ。本当にやりかねない。
そんな恭平を振り返り、スナコは不敵な笑みを浮かべた。
この笑顔がより一層不気味である。
「では、おやすみなさいませ。」丁寧に挨拶をすると、スナコは入口を開けようとした。
しかし、その行く手を恭平が阻んだ。
「ちょっと待てよ。そこまで俺といるのが嫌なのかよ。」
「どいて下さい。あたくしは外が好きなんです。」
「外にいたら凍えるぞ。馬鹿なこと言ってないで、ここにいろよ!」
「嫌です!外へ出るんです!!!!」
テントの入口からスナコを引き離そうとしたが、どこから湧いてくるのかと思う程の馬鹿力で入口を掴み離さない。
こうなっては仕方ない。
恭平はスナコを羽交い絞めにした。
「ギャアアアアアアアアア!!」
不意打ちを食らったスナコは、まるで13日の金曜日のジェイソンに会ってしまったかのような、鼓膜が破れんばかりの悲鳴を上げた。

「幽霊見物でこんな山奥に来たヤツが、なんでこんなんで叫んでるんだよ!」
恭平はイラついた声を上げた。

確かにそうだ。
怖いのを楽しむために来たのである。
だが待て。それとこれとは違うのだ。
「アナタに比べれば、幽霊なんて全然怖くありません!!」
スナコはわなわなと震えながら、そう言い放った。
幽霊よりも怖いもの扱いされ、さすがに恭平もカチンと来た。

「いつもいつも人の姿見りゃ悲鳴を上げて、ふざけんな!
テメーは身の毛もよだつ心霊体験したかったんだろ?
ならもっと怖い体験させてやるよ!!」
そう言い終わるか終わらぬうちに、恭平はスナコの口を塞いだ。
逃げる間もない、一瞬の出来事だった。
かろうじて保っていた意識の中を泳ぎながら、スナコは恭平の唇から逃れようとした。
だが、突き飛ばそうと振り上げたスナコの腕は全く力が入らず、むなしく恭平の腕や肩を叩くだけだった。

不意に恭平の唇が離れた。
「そんなに歯を食いしばってたら、舌が入んない。」

何を言うのかと思えば、そんな事を言う恭平に殺意を覚えた。
姿形だけじゃない。言葉でも自分を惑わす・・・
この男には魂を抜かれるかもしれない。
でもそんなの冗談じゃない。
お願いだから開放して欲しい・・・
「とにかく離して下さい!!外に出して下さい!!」
なぜ自分で逃げられない?なぜこの男に懇願しなければならない?
怖くて怖くてたまらなかった。

しかしスナコの願いは空しく、恭平は掴んだ手を離さなかった。
「怖い体験はこれからが本番よ。ついでに体も温まるしさ。一石二鳥じゃん。」
そしてそのまま乱暴に押し倒した。
「▲○※□☆■×◎△▼×★×○〜〜〜〜!!!!」
スナコは言葉にならない悲鳴を上げた。

恭平の体が圧し掛かる。
再び唇が塞がれる。
恭平の指が体をなぞる。
体がガクガク震えて来る。
心臓が口から飛び出すかと思う程、高鳴っているのが分かる。
なぜ?どうして?
この状況が理解できない。
どうしてこんなことになったの・・・・・・?
この男がまぶしければまぶしいほど、自分だけが夜の闇に体をぐるぐる巻きにされていく。
そしてがんじがらめにされ、自由を失ったこの体をこの男が絡め取っていく。
何も出来ない無様な自分が情けなかった。

その時、恭平が体を離した。
恭平はカタカタと震えながら、聞こえるか聞こえないかの声で
「どうして?どうして?」と繰り返し続けるスナコを黙って見下ろしていた。

今のこの状況は、普通の女の子にとっては、まさに夢のようなシチュエーションであろう。
恭平と唇を重ね、恭平の体の重さを感じ、恭平に触れられる・・・
一度でいいから経験したい、そう願う女の子たちをスナコは今までたくさん見てきた。
でもあたくしには分からない。
どうしてこんなまぶしい生き物に近付きたいのか?
あたくしには分からない・・・・
どうしてこんなまぶしい生き物に触れたいのか?
あたくしには分からない・・・
どうしてこんなまぶしい生き物に触れられたいのか?
あたくしには・・・・
スナコは両手で顔を覆った。
涙が止め処なく溢れてくる。

恭平はため息をついた。
「悪かったよ、怖い思いさせて。」
そう言うと、体を起こした。
「俺が出るから、オマエはここで寝てろ。」
「え・・・?」
「オマエは怪我もしてるんだし、ゆっくり休めよ。」
そう言い終ると、恭平はテントから出て行った。

「ううう・・・やっぱり外は寒いぜ。」
恭平はジャケットのファスナーを首まで上げ、空を見上げた。
青い月と降って来そうな数多の星たちが夜空を飾っていた。
あれらのどれかには、きっと地球のような生命体がいる星もあるだろう。
もしかしたらその生命体も笑ったり、怒ったり、泣いたりしながら毎日を送っているのもしれない。
でも中原スナコみたいな変なヤツ、そう滅多にいないだろうな・・・
そう考えたら笑いが込み上げてきた。
ホント、アイツ面白いよな。
ククク・・・軽く声を上げて笑いながら、テントの入口を振り返ってみた。

今頃アイツは何を考えてるのか?
どうせ下らない自問自答の堂々巡りでもしてるんだろう?
恭平はテントの入口を軽く叩いてみた。
案の定、返事はない。

その通り、スナコは先程の問いを繰り返していた。
無論、答えなど出る筈もない。
スナコの辞書にはまぶしい生き物など存在しないからだ。

テントの中からスナコの声がした。
「どうして・・・どうして世間の女の子はあなたに近付こうとするんですか?」
「どうしてって・・・そりゃ勘違いも含めてオレのことが好きなんじゃねーの?」

「どうして・・・どうして世間の女の子はアナタに触れようとするんですか?」
「どうしてって・・・そりゃ好きだからじゃねーの?」

「どうして・・・どうして好きだと触れようとするのですか?」
「どうしてって・・・それが好きってことなんじゃねーの?」

「なあ、やっぱ寒いから中入れてくれよ。」
だがしばらく沈黙が続いた。どのぐらいの時間が経ったのだろうか。
「・・・どうぞ。」
中から震えるか細い声が返ってきた。

「あーあったかあったか。中はやっぱり暖かいねぇ。凍え死ぬかと思ったわ。」
恭平はシュラフに潜り込んだ。
スナコはテントの一番端に、空ろな目をして座り込んでいた。
流した涙の跡が残る顔に、長い黒髪が纏わり付き、先程男が触れた唇だけが、
妙に赤々と燃えるような艶を放っていた。
そんな姿は普段のスナコには見られない、憂いと色気を漂わせていた。

恭平は体が熱くなるのを感じたが、とりあえずさっきの話の続きを始めた。
「でさ、本題だけど、オマエがわからないって言ってた事だけどさ、 好きだから相手に近付きたい、好きだから触れたい、そういうのって本能でしょ? 頭で考えてするもんじゃねーよ。わかる?」
「わかりません・・・」
「オマエはひろしくんに頬擦りしたりするだろ?あれと同じなんだけど。」
「だってひろしくんは人形ですよ。」
「でも好きでもない人形には頬擦りしないだろ?」
「しませんよ。当たり前じゃないですか。」
「それと同じだとまだわかんない?」
「わかりません。」

「じゃあさ、俺が今、何考えてるか分かる?」
「分かるわけないじゃないですか。」
相変わらずスナコは空ろな目をしたまま、無感情な声で答えていた。
恭平は一呼吸置き、ゆっくりと口を開いた。
「・・・・・オマエを抱きしめたいんだけど。」
その瞬間、スナコは先程の恐怖が蘇り、ゴキブリのようにテントの端にへばり付いた。
「なななな、なにを言ってるんですか!!」
「男は好きじゃなくてもできるけどさ、少なくとも俺は自分からは行かねーよ。
そんなのオマエだって知ってることじゃん。俺が自分から手を出したのはオマエだけだぞ。」
恭平はスナコをまっすぐに見据えた。
心を射抜くその視線が絡みついてくるようで、思わずスナコは視線を外した。
また心臓が高鳴り始める。
怖い時とは違う、心臓が下からすくい上げられるような不思議な高鳴りだった。
あたくしだけって・・・・?

「どうして・・・・?」
「どうしてって・・・だからそれが好きってことじゃねーの?」
スナコは硬直した。
「ちょっと待って!ちょっと待って!好きってなに?好きってなに??好きってなんなのよ!!?」
スナコは髪を振り乱し、頭を抱えてその場に突っ伏した。
恭平の言っていることがよく理解できない。
このまぶしい生き物が、何かの気の迷いかおかしなことを言い出した。
こんなの信じてはいけない。きっと何かの間違い。きっとそうよ〜〜〜!!

「寝不足は体によくないですよ。さあ明日の為に寝ましょう!」
スナコは急に別人のようなイキイキとした顔つきになり、おもむろに寝る準備を始めた。
何かどこかキレたに違いないこのパターンは、今に始まったことじゃない。
そんな姿を恭平は、ヤレヤレと呆れた眼差しで見つめた。
どうせまたおかしな現実逃避をしやがったんだろう。まったくこいつは・・・
「だーかーらー!俺はオマエが好きなの。好きだから触れたいわけ。理屈じゃねーよ!
でもオマエは俺といると嫌なんだよな?俺が近くにいるだけで怖いんだよな?」
スナコの動きが止まった。

確かに怖かった。
怖かったけど嫌ではなかった。
体が動かなかった。いや、動かせなかった。
そして心のどこかでこの状況を受け入れている自分に気付いていた。
怖かったのはそんな自分。
自分の意思とは裏腹に、この男を受け入れている自分自身が怖かった。

長い長い沈黙が流れた。

「アナタが怖いのではないです・・・自分が怖いのです・・・
だからアナタといると怖いのです・・・・自分が自分じゃなくなるような気がして・・・」

スナコは俯いたまま、恭平にそう告げた。
これだけ言うのが精一杯だった。
このまぶしい生き物に負けたような気すらした。
でも誤解されているのはもっと嫌だった。

「それってさー・・・」
恭平はスナコの顔を覗き込んだ。
「良い方向に解釈していいの?」
「わたくしにもよくわかりません!」
スナコは顔を背けた。
「まあいいか。オマエさんにしては自己分析上出来。」
恭平はスナコの頭をぽんぽんと叩いた。
「まー寝ようぜ。取って食いやしねーから、安心しろ。」

そのまま2人は眠りに落ちて行った。

その日スナコの見た夢は、女を捨てる前のまだ中学1年の頃の自分の夢だった。
好きな男の子の話で盛り上がり、まだ経験していなかったキスのこと、ちょっとHなことを、顔を赤らめながら、キャアキャア言って話していた頃の夢だった。

いつもとは違う、まぶしい生き物の吐息が感じられるようなこの小さな密室で、浅い眠りの中を漂いながら、夢と現実との狭間で 「あの頃の自分が今の自分なら、どんな事を友達と話すのだろう?」そんなことをぼんやりと考えた時に目が覚めた。

恭平の寝顔がすぐ間近にあった。
その光り輝くその寝顔には、スナコの意識を宇宙にまで吹き飛ばす爆弾が仕掛けられているかのようだった。
見つめていると、ふうっと意識が遠のく。
ダメだ、やはりまぶしくて見ていられない。

絹糸のような髪。
陶器のような肌。
切れ長の目。
長い睫。
そして・・・
その時、恭平の言葉が蘇ってきた。

『好きだから相手に近付きたい、好きだから触れたい、そういうのって本能でしょ?頭で考えてするもんじゃねーよ。』

しばらく抜け殻のようになっていたスナコだったが、ふと何かに誘われるかのように、眠っている恭平の唇に自分の唇を重ねた。
今迄何度か触れたことのあるその場所だったが、いつも突然で、いつも強引で、まるで何も覚えていないことに気付いた。
初めて自ら触れたその場所は、ひんやりとそして柔らかかった・・・
はっと我に返った。

・・・あたくしったら何を・・・!

これが本能というものなのか?
何も考えず、このまぶしい生き物に触れてしまった。
これが好きということなのか?
いやっ!
慌てて体を引いた時、恭平が目を開いた。

「これで終わり?」

スナコは顔を赤らめたまま押し黙った。
説明なんてしなくても、この男には全部わかっているのだろう。
沈黙と夜の静寂が二人を包んだ。

恭平は無言で手を伸ばした。


そしてそのままスナコを引き寄せた。

翌昼、2人は疲れ果てた顔で、懐かしの我が家へと辿り着いた。
「おかえりー!恭平、スナコちゃん。昨日帰って来なかったからびっくりしちゃったよ。
あれ!スナコちゃん足怪我しちゃったの?」
恭平に背負われたスナコを見て、雪之丞は驚いた。
「こいつオレ見て逃げて、斜面を転げ落ちたんだぜ。馬鹿だよな。
あやうく遭難するとこだったし。だから帰って来れなかったわけ。
ところで蘭丸と武長は?」
恭平は静かな家の中を不思議そうに見回した。
「また今日もデートだって。チェッ。みんなみんな男女で出掛けてさ。
俺も女の子と出掛けたいよ。」
雪之丞は口を尖らせながらそう言った。

「私たちのを男女のお出掛けの範疇に入れないで下さい。」
突然、幽霊のような形相のスナコが会話に割って入って来た。
「心霊スポット行って、怖さに磨きが掛かった・・・?」
相変わらずスナコの怖さに慣れない雪之丞である。
「で、怖い体験はできたの?」
雪之丞はスナコと恭平を代わる代わる見た。

「あー。できた、できた。ある意味超怖い体験をね。」
「ええ。あんな恐怖生まれて初めてです。」
「えーどんな?どんな??」
「内緒。行くの怖がったヤツになんか教えてやらねーよ。」
「えー!ずるーい!」

恭平はスナコを振り返った。
「2人だけの秘密だよなぁ。」
そう言うと、笑いながらスナコに目配せをした。
「ええ。誰にも言えませんよ。」
スナコはテーブルに頬杖を着き、あさっての方角を向いて呟いた。

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