色とりどりの庭の薔薇から、それを見つけた。
完全ではない、欠けた円形・・・。
漆黒の夜空には、十六夜の月が爛々と輝いていた。

「何みてんの?」
後ろから聞こえる声は、彼女にとって存在感の強すぎる人の声。
「みてわかりませんか?」
――――――・・・近づきたくない・・・・・・。
それがスナコの本音。言葉は自然と刺々しくなる。
「わかる。薔薇。」
「わかってるじゃないですか。」
恭平は気にもせずに続ける。
「綺麗だな。なんて―の?」
隣に立つ。顔を覗き込む。
「・・・。」
無言。
スナコは内心焦っていた。この前の行動、この男を受け入れてしまった行動。
あんなことをしてしまった自分が恥ずかしい。
ましてやその相手が今となりにいるのだ。

呆れたように恭平は言葉を紡いだ。
「会話のキャッチボールとかもうちょっと考えろよ・・・。なんか気まずくなるじゃん。」
心臓がバクバクいってる。そんなこと悟られたくない。
声なんか出したら裏返りそうでスナコは怖かった。
まだ無言。
スナコは黙って薔薇の小さな蕾に触れようとした。
「ィたッ!」
反射的に手を引っ込める。棘で切ったのだ。
真っ赤な血が指先で膨れて滴り落ちていく。
・・・案の定声は裏返った。
顔が一気に赤くなる。耳たぶが熱い。

とりあえず止血しようと、形のよい唇へ指を持っていこうとしたときだった。
恭平の手が、スナコの手首を掴んだ。
傷は意外にも深いらしく、血は止まらない。
スナコの手の甲を滑り落ちると、恭平の骨ばった手にも滴り落ちていった。

指先を、口に含まれる。

温かい。 スナコはますます赤面した。
じんわり視界が濡れさえした。

羞恥心。

今のスナコを支配している感情はこれだけであった。

体中の血が煮えたぎっているようだ。
舌で舐めたり吸ったり・・・、玩ばれる指先から血は熱くなっていく。
「な・・・、ななにしてるるるんですか・・・?!」
回らない口。砕けそうになる腰。
何とか立って正気をたもつ。
一頻りスナコの指を味わい、恭平は口を離した。
恭平もほんの少し赤くなっている。
「・・・なにって・・・消毒?」
少しだけ恥ずかしそうに言う。
その言葉にスナコは殺意さえ抱いた。
口が金魚のようにパクパクと動く。
言葉にならない声が闇に消える。

相変わらず真っ赤な頬と潤んだ瞳と、困惑気味に歪んだ表情が愛らしかった。
頬に両手を添える。吸い寄せられるように口付けをした。

「!ッ・・・んン・・・ゃ」
くぐもった声が漏れる。
キラキラと涙が滑らかな肌を落ちていった。
顎を固定されているので顔を反らすこともできず、スナコはされるがままであった。
下半身がじゅん・・・と疼いた。

口が離れる。必要以上に深かったそれは、二人の間を繋ぐ銀の糸が証明した。
焦点の定まらない切なそうな瞳が恭平を見上げる。
『ぁ、やばい、我慢できねぇかも・・・』
恭平は背中に冷汗が走るのを感じた。
ここまでしておいてなんだが、スナコの気持ちをまた無視してしまったことの罪悪感。
それに比例するような押さえの聞かない高まり。

肩に手をおきぐいっと勢いよく距離をおく。
スナコが転びかけたようだが気遣う余裕が恭平にはなかった。
腕を張ったまま俯いて肩を落とす。
『・・・またやっちまった・・・。』

そっと手を離す。
スナコは少々驚いた顔で恭平を凝視した。

「わりぃ・・・また勝手に・・・。早く寝ろよ?お休み。」
まだ俯いたまま恭平は踵を返した。
このままここにいたら・・・また前と同じことを繰り返してしまうかもしれない。
だいたい、スナコはまだ恭平のことが好きではないのだ。

『・・・いっておきますがあたくしはまだ貴方のことが苦手ですからね?眩しい生き物。』

あの言葉が頭を過ぎった。

少し早足になる。スナコはまだ固まっているのだろうなと、考えたが、やはり戻って引っ張っていくという気遣いはできなかった。

その時だった。

何かに上着の裾を、ちょっとだけ掴まれ、恭平は動きを止めた。
他の下宿仲間は寝ている。おばちゃんなら派手に登場する。
乃衣が来てるならまず武長の所にいく。

まぁ、こんなことを考えずとも答えはわかりきっている。
スナコだ。
裾を掴んだのはスナコしかいない。

夜風が頬をなぞった。火照った体に涼しい。

恐る恐る、後ろを振り返る。
極度に俯いているスナコがいた。
これでもかというほど掴んだ手に力をこめているのがわかった。
「な、なんだよ中原スナ」
「ずるいです!!」
大声で言葉を遮られる。
唖然とする恭平・・・。何が?という言葉しか頭の中に浮かばなかった。
まくし立てるようにスナコは続ける。
「するいです!そうやって人の意見を聞かずに自分のやりたいことばっかやって!私の気持ちも知らないで!!」

胸が、痛んだ。
『やっぱり、嫌だったよな・・・。』
大きい手で、スナコの頭を撫でてやった。
「悪かったな・・・、今まで。もう手ぇださねーから・・・。」
前に・・・最中にスナコは小さく頷いた・・・。思えば頷く状況を作ったのは自分だった。
・・・あれは、スナコの意思ではなかったのかもしれない。
「そうじゃねーです!!」
顔を勢いよくあげて怒鳴るスナコ。
あまりの迫力に仰け反って距離をとってしまった。
「あたくしが!あたくしがどんな気持ちで!!」
それでもスナコは恭平を強制的に自分に向かい合わせ、背伸びをし、胸倉をつかんで詰め寄る。
「だ、だから悪かった・・・て?!」
どすん、と、鈍い音が広い広い夜空に吸い込まれていった。
スナコは勢いあまって恭平と共に柔らかい芝生の上へと倒れこんでしまったのだ。
「あたくしの・・・!本当の気持ちなんて・・・!!!」
月影が二人を照らす。

柔らかくて温かいスナコの肢体がのしかかる。
先ほどスナコが眺めていた薔薇がこちらをのぞきこんでる。
打ちつけた背中が痛いと恭平は思った。
阿呆なようだが何か違うことでも考えていなければやばいというほど
恭平の理性はギリギリのところに立たされていた。

スナコは恭平の胸元に顔をうずめたまま、小刻みに震えながら動かなくなった。
「な・・・中原スナコ?」
流石に恭平は心配になり、肩に手をおき揺さぶってみた。
そのとき、スナコは搾り出すようにさっきと同じようなことを繰り返した。
「あたくしの・・・本当の気持ちも知らないくせに・・・。」
「・・・?!」
もちろん恭平にはどういう意味か解らなかった。顔をしかめる。
そして先ほどと同じように顔を勢いよくあげてスナコは言った。

「嫌いじゃないって!嫌じゃないって言ってるじゃないですか!!何で解らないんですか!!」
悲鳴にも近いその声は、ますます恭平に混乱を呼んだ。

「・・・・・・いや・・・、だから、好きでもないんだろ?」
「だから!!嫌いではないと!」
「だーかーらっ!それは好きってことじゃねーんだろ?!好きでもねー奴にあんな事されんのやだろ??!」
「当たり前です!好きな人じゃなきゃ嫌に決まってるじゃないですか!」
「だから、もうしねーって!」
「ですから、」
「好きじゃねーんだろ?!!」
「好きですよ!!!」
「!!!」

いつかどこかで聞いたことのあるようなマシンガントークの口喧嘩が止む。
辺りは静かな闇に包まれた。
「・・・いま、なんて?」
「ですから・・・!眩しい生き物の貴方が・・・・・・好き・・・なんですよ・・・。」

月明かりが逆光になり、周りがよく見えなくなっていた恭平。
ようやく闇に目がなれてきて、スナコの表情が見えた。

まだ真っ赤だ。そんなに恥ずかしかったのか。首まで真っ赤に染まっている。

辺りが静寂に包まれる。

馬乗りの状態から徐々に顔を近づけてくるスナコ。
唇と唇が触れ合う。

重ねるだけのそれは、恭平にとって生きてきた中で一番幸せなものとなった。

恭平はスナコをきゅっと抱き寄せ、鈍い動作で芝生の上を半回転した。
途中、珍獣のような色気のない小さな悲鳴が聞こえたが構いはしない。
今度は恭平が上にいる。
月光に照らされ余計スナコの顔が綺麗に映える。
今度は恭平から口、頬、目尻、額・・・とキスの雨を降らす。
スナコはずっとくすぐったそうに目をつぶっていた。
正直、鼻血を噴きそうであった。しかし、流石に鼻血を噴いてはいけないと思い、懸命に我慢していた。
「・・・ずるいってのは?どういうことだ?」
ふとスナコに聞く。
「・・・いっつも勝手にやりたいことやってずるいと。そのままの意味です。」
いつかのように赤面がそっぽを向いた。
「じゃあ、勝手じゃなきゃいいのか?」
クスクスと苦笑しながら恭平はスナコに問うた。
「・・・。」
スナコは押し黙ったままだ。
「俺はお前が好き。お前は俺が好き。で、俺は今とてつもなく中原スナコに触れたいんだけど?」
「・・・。」
まだ赤面。
「いいか?」
スナコは返事をしなかった。
ただ今度は確かに大きく頷いた。
恭平は無邪気に笑った。

「じゃあいただきます。」
言うが早いかゴソゴソとトレーナーの下に手をもぐりこませる恭平。
「こ、ここでですか?!」
「いやか?」
「せ、せめて屋内で、っふ・・・ぁっ!」
あせるスナコ。しかし次の言葉は恭平によって防がれた。
「・・・悪い、我慢できねぇ。」

――――――・・・・・・繋がった個所を中心に体中が熱い・・・。

「ふッ・・・ア・ぁあ・・・・・・!!」
歯を食いしばっても声はどんどん溢れる。
「気持ちイイ?」
不敵な笑みを浮かべて男が問う。
「ぁ・・・うっ・・・・ふ・・・っ・・・・・・!」
答える暇なんてない。
男自身が中で暴れているからだ。
スナコはただ揺さぶられるがままに、いやらしく喘ぐ意外には
言葉を発することは出来無かった。
「なぁ・・・名前呼んでくんない?」
少し動きがゆっくりになった。まぁ止まってはいないのだが。
そのゆっくり加減がじれったく、思わずスナコは腰をもじもじと捩った。
「スナコ・・・。」
ピクンッ、と体が反応する。この眩しい生き物に名前を呼ばれただけで・・・。 下の名前を呼ばれただけなのに。
スナコは左手の甲を唇に押し当てて、少し節目がちに戸惑った。
そしてすぐに小さく声をあげた。
「・・きょう・・・へぃ・・・?」
やけに芝生がくすぐったい。
そのせいかは解らないが声が半分裏返ったような変なものになってしまった。
それでも恭平は本当に嬉しそうに笑って
「よく言えました」
と言い、スナコに深い口づけをした。
舌と、舌を絡める。
頭の中が真っ白になるようだった。恭平も、スナコも。
動きが急速に早くなる。
「っ!・やっ、あ・・・はん、ぁ、・・・あ!」
口はだらしなく半開きになる。
嫌だと思って自分の腕を口に押し当てるスナコ。
しかしその腕は恭平によって取り払われる。
「っや、きょ・・・・へ・・・・ぁ・!」
「わり・・・もう・・・っ!」

二人は同時に果てた。
縮小するスナコの中に白濁した熱いソレが溢れる・・・。

・・・しばらく絶頂の余韻に浸っていた二人。
だが恭平はあることに気付く。

『・・・コンドーさん忘れた・・・!』

夜風が円を描いて恭平の元を走り去っていく。
「まぁ・・・。いいか。」
恭平はため息混じりに呟いて、ぐったりしているスナコを抱き起こした。
鎖骨にもたれるスナコ。
「・・・責任はとるから。」
少し嬉しそうに恭平は呟いた。
だがぐったりして意識朦朧なスナコには、・・・この言葉の意味がわからなかったとさ。

少し欠けた十六夜の月。
少し欠けた十六夜薔薇。

それらのように不安定な二人。

しかし共有した幸せは、満月のごとく満ちている。


作者コメ:
出てきた薔薇の名は十六夜薔薇です。実在します。
それにしてもスナコ真っ赤っかwwww

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