お二人とも、恋なんて、ナニがそんなに楽しいのですか? 

あたくしには大いなる勘違いにしか思えないのに。と玉緒の持参した紅茶をいれながらスナコは呟いた。
昼下がりのテラス、今日は恒例となったレディ限定のお茶会である。
スナコ特製の茶菓子を頬張り、乃依はまぁたそんなこと言ってぇ〜!と小さくむくれた。
茶会の主な話題はこの眩しい二人の愛しいお相手についてが九割方を占めるのだが、いかんせんスナコには全く理解不能である。

恋について熱っぽく語るふたり。
なれそめ、惚気、この間のデートのこと。
さっぱり理解できず、する気もないのでまぁあたくしには関係ないしとガトーショコラを切り分けていると、
「スナコちゃんはどぉなの?恭平くんとは」
無駄ににこにこにっこりとした乃依がスナコを凝視していた。
「まぁ、スナコさんやはり恭平さんと…どうして教えてくださらなかったの?」
ティーカップを口元から離し、玉緒が目を丸くする。
「何がですか?」なんでここであのまぶしい生き物の名前が出るのか。
はて。とスナコは小首を傾げる。
「何がじゃないわよぅー!スナコちゃんと恭平くん、最近いい感じなの知ってるんだからぁ!」
まぁ、全く存じ上げませんでしたわと口元に手を遣る玉緒に、乃依は上機嫌で力説している。

あの、何か勘違いされてませんか?乃依さん。
食料を巡って毎度熾烈な戦いを繰り広げる姿の、どこを見てそのような結論に辿り着くのですか?
と言う地味ながら至極冷静な反論は、桃色オーラを背負う乃依の前に掻き消されてしまった。

それに…あの人が近づいてくると自分は身が竦み、非常に居心地が悪いのだ。
居たたまれないと言うか、背筋がざわつくような。
胸中が荒波のように騒めき、心臓を掴み出されるような苦しさ。
そう、言うなら恐怖というのがぴったりだろう。無駄にまぶしいし。
可愛らしく頬を染め恋人について語る二人の様な感情とは断じて違う。
いや比べるなどおこがましい、やはり自分とは違うし、
ましてやそのまぶしい彼女等と同列の体験など有り得ない、とスナコは一人納得する。

あたくしには恋なんて関係ないわ。だって二人が言っているような感情に囚われていないもの。
…だから、あれは恋等ではないのだ。本当に有り得ないのだ。とスナコは自分に言い聞かせた。

その夜。ひろしを丹念に磨きながらスナコは嘆息した。
茶会が終り帰り際、尚も期待に満ちた眼差しを投げる四つの瞳に、
自分とあの人に何かある訳が無い、胸に飛来する感情は乃依や玉緒のそれとは全く違う、
‥て何故こんなことを弁解せねばならないのですか。とひとしきり説明したにも関わらず、
彼女等は揃って「でも、少なくともそれってスナコちゃん(さん)にとって恭平くん(さん)はある意味特別って事(ですわ)よね?」
と輝かんばかりの笑みで返してくださったのだ。

「…ねぇ、ひろしくん」腹部の空洞を慎重に拭き上げながら、腕の中の大切なお友達に語り掛ける。
どんな感情だろうと、他の人とは違うものを感じるって事は、『特別』なのだ、と乃依は言い切った。
それは何となくわからなくもない。
だって、あきらくんもジョセフィーヌもスナコの大切な大切なお友達だけれども、
ひろしくんはもっと大事。順位を付けるわけじゃないけれども、スナコの中でひろしは『特別』だと思う。
大好きだ。でも、百歩譲ってあのまぶしい生き物が『特別』だとしよう、
だからってひろしくんに向ける“すき”とは全く正反対だ。
だからあの人を好き、というのは有り得ない。
じゃあ嫌いなのかと言うとそう言う訳でもない、気がする。

我儘だし乱暴だし好き嫌い多いし、その癖食い意地張ってるし、それに…。
「あぅ」頭がぐるぐるしてきた。
何であたくしがこんな事を考え込まなくちゃいけないの。
ぶんぶんとかぶりを振って、スナコは脳内から恭平を追い出した。
手が止まっていた事に気付き、
「ごめんね、ひろしくん」
さぁ、綺麗にしてあげるからね、と無機質な体を裏返した。

「…ぁあぁ、もうっ!」
考えないようにしよう、今はひろしを磨くのだ、と意識すればする程に、
それに反して浮かんでくるのはあのまぶしい生き物で。
スナコは苛立った。
考えないようにと意識している時点で自分が恭平に捕われている事にスナコは全く気付いていない。
「どうして、どうしてあたくしの至福の時間迄邪魔をするのっ、あたくしをどこまで苦しめれば気が済むの!」
覚えのある息苦しさに襲われて更に腹を立てる。

お茶でも飲んで落ち着こう。
そう思い立ち、綺麗に磨いたひろしを定位置に立たせるとスナコはキッチンへと向かった。

湯を沸かしてティーポットに注ぎ入れる。
3分待ってカップに移すとリラックス効果があるのよ、
と乃依に教わったカモミールの柔らかな香りが鼻孔を擽り、スナコは深呼吸をした。
温かい液体が喉から胃に滑り降りるのを感じ、ゆるく広がる熱にささくれていた感情が慰められていく。
ほぅ、と吐息を洩らし、スナコは先程の茶菓子を残しておいた事を思い出し戸棚を開けた。
しっとりとバターの馴染んだマドレーヌ。やさしい甘味が口の中に広がる。
「うふ。我ながら上出来」
あぁ、美味しい。一人顔をほころばせているところに、それはいきなり降ってきた。

「おっ、うまそーじゃん」一番聞きたくなかった声に、ぎくりと背中が強ばる。
「な…なんでここに」
折角緩まった気持ちが音を立てて凍り付いていく。
「夕食あんなに召し上がってたじゃないですか」
「しょうがねーだろ、食べ盛りなんだからよ、」
夜食を探しにきたのだと言う。
「うまそーじゃん、それ。俺にもくれよ」
いつもなら寄越せ、いやですと大喧嘩だがスナコは黙って差し出した。
そのままそそくさと茶器を片付けようとする。
…とにかく今はこの男と少しでも離れたかった。
面食らう恭平を極力視界から外し、流し台へと足を速める。
「なんだよ、様子おかしいぞおまえ」
まぁ、おかしいのはいつものことだけどな。と嘯く恭平にイライラが募って。
「誰のせいだと思ってんですか!」堪らず、スナコは癇癪を起こした。
「あっ、あなたのせいで今日一日あたくしがどれだけイライラしてぐるぐるしてっ!もう散々ですっ、こりごりなんですっ」
一気に畳み掛けた所為でぜーはーと息を切らす。
「はぁ?!今日一日って、俺なんかしたかよ?してねーだろ?意味わかんねぇし!」
売り言葉に買い言葉で、二人の間に険悪な空気が流れる。

先に音を上げたのはスナコだった。
勢いに任せてぶつけたはいいが、やはりこのまぶしい生き物と同じ空間に居るのが耐えられず、
トレイを置いて勢い良く踵を返す。
「おい、待てよ!」訳も分からず怒鳴られて大人しく引き下がる恭平ではない。
何なんだよ、と逃げるスナコの手首を掴む。
「いやっ、離してっ!離してください!!」
頬がかっ、と熱を帯びる。
捕まれた手首が燃えるように熱い。
背筋をぞわぞわと恐怖が駆け昇る。
「あなたとっ、同じ空間に居たくねーんですっ!!」

叫んだ瞬間拘束が弛み、スナコは手を振り払って壁に張りつく。
「…あぁ、そーかよ、そんなに俺が嫌いかよ、悪かったな!」昏い目で恭平が吐き捨てた。

「違いますっ!」
何を言っているのだ。この男は。
意図が伝わっていない事にいらついてスナコは更に声を荒げる。
「何が違うんだよ!俺と一緒に居たくねぇってのは嫌だって事だろ!」つられて恭平も怒鳴り返す。

「だからそうじゃなくて!あたくしが落ち着かないんですっ!
あなたまぶしいし!あなたが近くに居ると、胸が苦しくなって!全身がざわざわして!」
叫びながら、どうして自分は未だここに残って居るのだろう、とちらりと思う。
さっき手が離れたとき逃げられたし、この男が出ていこうとした時に止める必要もなかった筈だ。
だが、熟考する前にぽかんとした恭平の顔を見て苛立ちが再燃する。
「大体っ、『特別』って何なんですかっ全く分かんねーですしっ!嫌いじゃないのは認めますけど乃依さん達の言ってる事と全然違うじゃないですかっ」

…あぁ、何を言っているのかしら。
頭の片隅でもう一人のスナコが冷静に突っ込みを入れているのに、言葉が飛び出していくのが止まらない。
感情が昂ぶって視界が潤む。
もう、まただ。どうしてこの男が絡むとこんなにも取り乱すのか。
思考回路がぐちゃぐちゃでどうしたらいいのか分からない。

「…おまえさぁ」不意に恭平の声が力なく響いた。
次の瞬間、やんわりと全身に負荷がかかり熱っぽさに包まれる。
抱き締められている事に気付き、全身がまたざわめいた。

恐い、逃げるのよスナコ。逃げなきゃ、早く。
警報が谺しているのに金縛りに遭ったように動けない。

「…今の、マジ」
いつもの俺様っぷりを微塵も感じさせない、弱々しい声音。
何でわざわざ嘘をつかなきゃいけないんですか、と釣られて力なく答えると、更に自分を包む負荷が増した。

嫌われてると思ってた、とか細く呟く恭平に、
だから嫌いな訳じゃ無いですし、と言い返す。
なぜあたくしが弁明のような事をしているのかしら、と不満に感じたものの、
恭平の声があまりに震えていたので深追いをやめた、のだが。

「おまえ、さっきの言葉、告白にしか聞こえねぇんだけど」
飛び込んだ爆弾発言にスナコは我に返る。
「なっ!!」何を言いだすのだ、この男までも。
「なんでそーなるんですかっっ!確かに嫌いじゃないとは言いましたけどっ、あたくしはあなたが苦手なんです!!」
腕の中から逃れようとじたばたもがくが、恭平の腕はびくともしない。

いつも、喧嘩の時はこんな事無いのに…!スナコは慄いた。

やっぱり恐い。軽くパニックを起こし胸板を叩くが逆に拘束を強められただけで、スナコはむきになって暴れる。
「落ち着けって」調子を戻した恭平の声に怒りを覚え、
「これのどこが落ち着けと…!」
「いいから落ち着いて、話を聞け」
有無を言わさぬ物言いに気押されて、思わず黙り込んだ。

「なぁ、おまえさっき俺と居ると落ち着かなくなるって言ったよな」
そーいうのって、意識してるからじゃねぇの、と抑えた低音が降ってくる。
「ちがっ…」
「じゃあ、武長や蘭丸、雪にもそうなる訳?」
言われてしばし考える。まぶしいし、落ち着かないのは同じだけどもこの男程ではないと気付く。
「でもっ…!乃依さんや玉緒さんが言うようなのじゃなぃ…」
語尾はまるで自分に言い聞かせるように、弱く消えていく。
「ざわざわして落ち着かないってのも、胸が苦しいってのも、それって好きだからそうなるんじゃねぇの。
あいつらはあいつらだ、違う人間同士なんだから感じ方が違うのは当たり前だろ」
何を吹き込まれたか知らねぇけどよ、とまるで何でもない事のように言う。
自分の導き出した結論が根底から覆され、スナコは呻いた。

じゃあ、あたくしは、本当にこのまぶしい生き物の事が、好きなの…?
『すき』と言う単語をじわじわ反芻する。ふぅ、と意識が遠退いた。
あまりにも自分の許容量を越え過ぎている。
「おい、戻ってきやがれ中原スナコ」耳元で乱暴な声がして
…耳、元?
「…ひぎゃあぁぁ!!」
そうだ、ここはまぶしい生き物の腕の中だったのだ。
「…るせーな」
辟易した表情の恭平を睨み付け、
「分かりましたから、離してくださいっっ!」
またも虚しい抵抗を試みる。が
「やだね」
恭平の力が弛まる事はない。

「もうっ、何なんですか本当にっ、何であたくしがこんな事されなきゃいけないのっ、いいから早く離してっ」
意地になってじたばた暴れると、頭上で呆れたような溜息が漏れた。
「おまえ、ほんとに分かんねぇの?」
何がですか、と噛み付くと恭平は肩を落とした。
鈍いとは思ってたけどよー、と愚痴を吐き、スナコの頤に手を掛け上向かせ

「!!?」何が起こっているのか、理解できなかった。
いや、既に容量オーバーした思考回路が理解するのを拒否したとも言うべきか。
伏せた長い睫毛がアーチを描いていて綺麗、とか整った端正な顔や滑らかな肌が彫刻のよう、だとか、
何だかずれたことを考えていると不意に目が開き視線がぶつかった。
そのまま静かに唇が離れる。

「これでも分かんねぇ?」
フリーズしたまま無反応なスナコに大きく嘆息すると恭平は意を決したようにきっぱりとその一言を言い放った。

「俺はな、中原スナコ。おまえが好きなんだよ!」

現実逃避の海にたゆたっていたスナコの意識を、その一言が乱暴に引き戻す。
ぼんやり遠くを見つめていた瞳が緩やかに焦点を合わせ、再度二人の視線が絡み交じり合う。

今…何て言った?この男は。
じわじわと全身の神経が感覚を取り戻す。
自分を見据える瞳の煌めき、腰に回されたしなやかな腕、互いを包む熱気
―――置かれた状況及び受け取った告白を反芻し、スナコは全身の血液が逆流するような感覚に襲われた。

「…嘘、」
「嘘じゃねーよ」嘘ならわざわざこんな事するかよ。
とばつが悪そうに呟き、赤面した恭平はぷいと目を逸らした。
「なぜ…?」あまりの動揺に、自分の声が裏返るのを感じる。
「理由なんて無ぇ、気が付いたらこうなってただけだ」
返ってくる言葉も、少し擦れている。
じゃあ、おまえは理由とかあんのか?と逆に問われスナコは困惑した。
ついさっき自覚させられたばっかりなのに、分かる訳ないじゃない。
不満と困惑が表情に浮かんでいたらしく、眉間をぐりぐり押されてまた口付けられた。

―――さっきより長く、深いキス。酸素を求めてスナコはか細く喘いだ。
だが、執拗に追い掛けてくる恭平の唇にすぐに翻弄される。
何度か(事故で)合わせたそれとは全く違い、明らかな熱をスナコに送り込んできて、頭がくらくらと痺れる。
やっと離れた唇から引く光る糸を唾液だと判別するのに時間を要するほどに、スナコは惚けていた。
温みが離れるのを心細く感じ、自分からぎこちなく舌を這わす。
恭平の体がびくり、と大きく震えた。
「…かやろ、」
人が折角必死で我慢してんのに、てめぇ。
甘さを滲ませた擦れ声が耳に届いたのと同時だったか。
荒々しく口蓋を舌でこじ開けられ、貪るようなキスがスナコの意識を鈍らせていった。

視界に見慣れない壁紙を認めて気怠く体を起こす。
「…ここは」
「俺の部屋」声の方向に目を遣る。
「うきゃぁ!!」
そこにいたのは半裸の恭平で。

段々と記憶が蘇ってきてスナコはあまりの恥ずかしさに眩暈を覚えた。
「なっ…ななななんで脱いでるんですかっっ」
あまりに神々しい眩しさを直視出来ず、枕を抱えて突っ伏す。
「風呂入ってたんだよ、おまえ起きねーし」
恐る恐る顔を上げ、時計を見やると結構な時刻を指していて。
「さっ、さようですか、じゃああたくしも」
お風呂入って寝ます、と腰を浮かし掛けたところに恭平がのし掛かってきた。

「行かせねぇ」
そのまま押し倒され、首筋に熱い吐息が掛かる。
「ひぁっ」くすぐったさに声が裏返り、スナコは羞恥に頬を染めた。
…この状況は、よろしくなさすぎる。
「あっ、ああああのっ、もう夜も遅いですしっ、」
だから早く寝ないと明日寝坊します!と何とかこの状況から逃れることを試みるが、
「明日日曜」あっさり撃沈される。
大体、何で自分はここにいるのか。
訳分からないしこの状態はなに。心中で問うた筈が口に出ていたらしい。
「俺が運んできたんだよ」
んな事くらい分かります。でも、何でこんなことに?と今度ははっきり問い掛けてみると恭平は心底呆れたような顔で見下ろしてきた。
「俺は!我慢してたの!なのにてめーが火ぃつけたんだろーがっ!」
もう説明終わり。と恭平は黙ってスナコに覆いかぶさった。

「っひゃあっ!」
恭平の手がふくらみに触れ、スナコは羞恥とこそばゆさに身を捩らせた。
「うるさい」また唇が降ってきて強引に割り入ってくる。
歯の裏をなぞる舌の動きに、先程感じたぞくぞくするような不思議な感覚が這い昇ってきて大きく身じろぎした。
一度クリアになった思考がより鮮烈に状況を伝えてきて、どうなるのか分からない不安に身が竦む。
身体の下で硬直したスナコに気付いたか、恭平が姿勢を正した。
そのまままっすぐ見つめてくる。
「…いやなら今のうちに言えよ、まだ間に合う」
射ぬくような視線に堪らず目を逸らす。
黙り込んだスナコを恭平が静かに見つめている。
痛い程の視線を感じながらスナコは必死に思いを巡らす。
あたくしは、このまぶしい生き物を、苦手だし、恐いけど…いやじゃない。
今も胸が張り裂けんばかりにどくどくしていて、近くに感じる息遣いが全身を強ばらせるけれども。
空気を震わせ伝わる恭平の熱気がじわりとスナコに汗を浮かせて。

―何故か、離れがたいという思いに身を絡め取られ、スナコは手を伸ばした。

おずおずと、恭平の胸板に触れる。
微かに震え、激しく脈打つ鼓動を指先に感じて、何だか妙な愛おしさにきゅんとする。

「いやじゃ…ないです」
全身が、熱い塊に包まれた。
「途中でやっぱなしって言っても、もう止まんねぇからな」
耳朶を打つ声が欲情を纏って甘く滑り込む。
激しく舌を絡め合いながら、恭平の指がまた乳房に触れる。
やわやわと揉みしだかれ、知らぬ刺激にぴくりと震える。
「…やわらけぇ」唇を放し、おまえ地味にいい身体してるよな、と囁かれスナコはぼふ、と紅くなった。
「なっ!」抗議を試み持ち上げた腕を固定されてそのまま器用に上着を脱がされ、ブラのホックを外される。
拘束を解かれぷるんと外気に触れた果実の先端は、意志を持つかのように立ち上がっていた。
鋭敏になった感覚に嫌でも自覚を促されるのに、
「おまえの此処、もうこんなんなってんぞ」
敢えて突っ込む恭平の意地悪な笑みに羞恥と怒りで身が震える。

「うるさ…あぁっ!!」最後まで発することが出来なかったのは、おもむろにそこを口に含まれたからだ。

びりりと電流が走り、身体の芯に火が灯る。
恭平が自分に触れるたびに、呼吸が乱れて訳が分からなくなって。
「あぁぁっ!」先端をかり、と甘噛みされて震えが止まらない。
脚の付け根がざわりと蠢き、知らず擦り合わせて耐えた。
なのに目聡く発見されてジャージまでも脱がされる。
ショーツの上からそこに触れられ、今迄と全く違う強い刺激にびくりと跳ねる。
「!!?」いつの間にか湿り気を帯びた薄布が張りつく感じが気持ち悪い。
「濡れてるな」甘い囁きが耳に潜るたび、下腹が勝手に疼いてじわりと染みる。

こんなあたくし、知らない。

未知の波に翻弄され、不安で堪らないのに身体が勝手に燃える不可解な感覚。
自分の枠が外れてどこかに溶けだしてしまいそうで、スナコは恭平にしがみついた。
「これは、何なの?…あたくし、どうなってしまうんですか?」
滲みだす不安で涙声になっている事に気付いたのであろう恭平が、
震えるスナコを抱き締め、信じられないような優しい声音で囁く。
「よく分かんねぇけど、おまえが俺を好きで、俺がおまえを好きだからこーなってんだよ」
好きだと下着が濡れるんですか?と素朴な疑問をぶつけると珍しく恭平は赤面し、無言で下着の脇から指を滑り込ませた。

「ひぅっ!!」唐突な異物感にスナコはびくんと腰を浮かせる。
答えになってねーです、と切れ切れに抗議すると恭平の手がスナコの手を握り、下部へ導いた。
熱く硬いものに触れ、指を滑らせるとぬる、と何か掠める。
「っあ」恭平が、びく、と大きく震えて呻いた。
「ばっ、おま」
まさか知らないわけじゃないだろうな、と弱々しく抗議する恭平の態度にスナコはゆるりと思いを馳せ、

…一連の流れを何となく把握し。

「ぁわわわわわわ」
顔から火が出るとはこう言う事か、いや、顔どころではない、全身が燃えるようだ。

「おまえ…鈍いにも程があるぞ」茹蛸と化したスナコを抱き締め、恭平は溜息を吐いた。

ぴちゃ。ぴちゃ。ちゅくっ。部屋に響く水音。
「っ、ふぅっ…あぁん」
恥ずかしさと同じ位の快感にスナコは喘ぐ。
何だかんだで行為を再開したはいいが全て自覚した後の恥ずかしさは先の比ではなく。
意識してしまうからこそ、全てにおいて過敏になってしまう。
「…だいぶ解れたな」水音を生み出す男の指が、つぷ、と胎内を行き来する。
「ふぁぁんっ、やぁっ!!」その度にどうしようもなく揺らされて。
スナコの顔は汗と涙でぐしゃぐしゃだ。

「おい」反応良すぎ、おまえ。
わざと耳元に言葉を落とし込み、「そろそろ入れっからな、力抜け」ひくりと波打つのを見て愛でる。

やべぇかも…マジで。
腕の中で乱れるスナコに恭平はぞくりとする。
さっきまで自分達がセックスをすると言う事を分かっていなかったのに、この反応の良さは何だ。
いつも色気のないジャージでホラーに夢中で色気も減ったくれもないのに、匂い立つ女の色香にくらくらする。
自分にしがみ付き、ぎこちなくも懸命に応じてくれている、それが恭平には堪らなく愛おしい。
焼き切れそうな理性を繋ぎ合わせ、これから与える苦痛を少しでも減らしてやらねばと思うが、自分自身もう限界に近い。
素早く避妊具を装着し入り口にあてがう。
「ぁんっ」漏れ出た嬌声にぷつんと最後の理性が切れた。

「ぃ、あぁぁあっ!ゃあぁ!!」快楽の渦から一気に痛みの坩堝に引きずり込まれ、スナコは思わず悲鳴を上げた。
焼け付くような感覚と目の奥が真っ赤に染まるような錯覚。
「おい、力入れんな」
でないと、おまえが辛いぞ。と言われても痛さに勝手に身体が強ばるのだ、力の抜き方なぞ分からない。
ただただ勝手に涙が出る。

耐えるスナコが痛々しいが、恭平もきつい。
きゅう、と締め上げてくる感覚から必死に意識を逸らし、零れ落ちる涙を拭ってやる。
宥めるように頭を撫でさすると、弱々しく背中に腕を絡めてきた。
少しは落ち着いてきたのか、荒かった呼吸が少しずつ穏やかに変わってきたのを感じ取る。
同時に自分もそう長く持たないと自覚し。
「動くぞ」緩やかに腰を動かす。
「あぅっ、んっ」まだ少し苦しげに眉目を歪めながらも、すがりついてくる姿に胸が締め付けられる。
初めての経験で快感などろくにないだろう、それでも自分を受け入れてくれている健気さに愛しさが溢れ。

「  、 …っ」
届くか分からない、微かな声で名前を呼んで。華奢な身体をきつく抱きながら恭平は絶頂を迎えた。

再び目覚めた時も、先程と同じ見慣れぬ天井だった。
「…っ」起き上がろうとするが力が入らない。
体は綺麗に清められているようだが、下腹部に走る鈍痛に、あぁ、あれは夢ではなかったのねとスナコは一人呟く。
何だか目まぐるしくいろんな事がありすぎて、まだ頭がそれに追い付かない。

「起きたのか」
今日だけでかなり聞き馴染んだ声が聞こえてくるが、微妙な居たたまれなさに身動きが取れず
「えぇ…まぁ」顔を伏せたまま曖昧に頷いた。
「ほれ」「ひゃうっ」頬に冷たい感触が押し当てられて思わず悲鳴を上げる。
手を伸ばすとそれはミネラルウォーターのボトルで。
丁度喉が渇いていたので有り難く受け取る。

「なぁ」「あのっ」
同時に二人発した声が微かな不協和音を生み。
「…どうぞお先に」照れと気まずさに、スナコは黙りこくった。
いいのか、とでも言うような視線を感じるものの、行為の余韻が暴れ回って恥ずかしさに目を合わせることが出来ない。

暫くの沈黙の後、諦めたように恭平が口を開いた。
「その…痛かったろ、悪かった」

超絶俺様のこの男がしおらしく謝るなんて。
何事、と思わず上げた顔が相当不可思議な表情を浮かべていたらしく。
「んだよその顔はっ!」機嫌を損ねて横を向いてしまった。

暫くの沈黙の後、諦めたように恭平が口を開いた。
「その…痛かったろ、悪かった」

超絶俺様のこの男がしおらしく謝るなんて。
何事、と思わず上げた顔が相当不可思議な表情を浮かべていたらしく。
「んだよその顔はっ!」機嫌を損ねて横を向いてしまった。
何だかその様子が可愛くて思わず吹き出す。
可愛い、なんて思った自分に少し驚いたが流すことにした。
「笑ってんじゃねーよ!」
ぐしゃぐしゃと髪を乱される。絡まると困るので身を捩って逃げた。
さっきまで気まずくて死にそうだったのに不思議な男だわ、とちらりと思う。
「で、おまえは何を言おうとしたんだよ」
あら、そうだった。何だったかしらと思い巡らすが今の遣り取りでどこかへ飛んでしまったようだ。
仕方がないので黙っていると
「あのさ」またもや恭平が遠慮がちに呟いた。

しばし言い淀み、やっぱいーわ。と黙り込む。
「別に、嫌じゃなかったですよ?」
水を一口飲んで、そしらぬ振りで言うとしょげた男が弾かれたように顔を上げた。

「そりゃ、痛かったですし強引でしたけど」
嫌だったらしねーです、こんなこと。
ちろ、と横目で見遣ると今度は真っ赤になって固まっている。
「なっ…」
あんだけ恥ずかしい行為をしておいて、何で今更そんなになっているの。つられて自分の頬も熱くなる。
「あたくしの気持ちに気付かせたのは、あなたじゃないですか」
今更何ですか、まぶしい生き物のくせに。こういう事は、あたくしより慣れているはずでしょう。
と照れ隠しにまくし立てると、乱暴に抱き寄せられた。

「うっせ、自分からこういうことすんの初めてなんだから仕方ねぇだろ!」
あと、その呼び方やめろ!
強い口調とは裏腹に小刻みに震える体。
その仕草が怯えて擦り寄る子犬のようねと感じ。

―恐いと思っていたのはあたくしだけじゃなかったのね。
そう思ったら何だか少し落ち着いて、スナコはやんわりと恭平を抱き返した。

まぶしいのは相変わらず慣れないけれども、ひとつ問題が解決した事に安堵して。
そうしたら何だか人肌の温みに眠気を誘われ。
スナコはそのままこてん、と眠りに堕ちた。

「…おい」何自己完結して寝てやがる。
恭平の問いは、虚しく宙に漂い、消えていった。
「…ま、いっか」
規則正しい寝息を立てるスナコを静かに横たえて、
頬に掛かる髪をさらりと流してやりながら恭平は極上の笑みを浮かべてスナコを見つめ、
健やかな寝顔にそっとキスを落とした。

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